「キックボクシングとボクシング?たった『蹴り』があるかないかの違いでしょ?」

もしあなたがそう思っているなら、この記事を読み終える頃には考えが180度変わっているはずです。格闘技界のスーパースター・那須川天心選手がキックボクシングからボクシングへの転向を発表したとき、格闘技ファンの間では「天心なら簡単に適応できるだろう」という楽観的な声が多く聞かれました。

しかし、実際にキックボクシングからボクシングに転向した私から言わせてもらうと、これほど甘くない現実はありません。表面的には「蹴りがあるかないか」という単純な違いに見えますが、実際には全く異なる格闘技へと生まれ変わる必要があるのです。

10年以上格闘技を続けてきた私が、実体験を基にその壮絶な転向体験をお話しします。これから格闘技を始めようと考えている方、転向を検討している現役格闘家の方、そして単純に格闘技に興味がある方まで、きっと新たな発見があるはずです。

 

転向で直面した想像を絶する困難

構えの違いが生む根本的な変化

キックボクシング時代の私は、典型的なムエタイスタイルであるアップライトスタンスを採用していました。重心配分は前足2〜3割、後ろ足7〜8割。両手はこめかみにしっかりと付け、相手の動きを冷静に観察しながらカウンターを狙う防御的なスタイルでした。

このスタンスは、前蹴りを中心とした多彩なキック技術を効果的に使用でき、相手のキック攻撃に対しても優れた防御力を発揮します。まるで狙撃手のように、相手との適切な距離を保ちながら的確に攻撃を仕掛けることができる、実に理にかなった構えだったのです。

ところが、ボクシングに転向すると全てが逆転しました。指導を受けたクラウチングスタイルでは、重心配分が前足7〜8割、後ろ足2〜3割となり、低い姿勢で相手に接近しながら強烈なパンチを繰り出す攻撃的なスタイルが求められました。

最初の練習で愕然としました。10年以上かけて身体に染み込ませたアップライトスタンスが、まるで足枷のように私の動きを制限していたのです。意識的にクラウチングスタイルを取ろうとしても、気がつくと無意識にアップライトに戻ってしまう。この習慣を変えるのに、実に半年以上の時間を要しました。

距離感の調整に苦しんだ日々

キックボクシングでは、最長で足の届く範囲、つまり約2メートルの距離が戦闘範囲でした。相手との距離を慎重に測り、キックの射程外から安全に攻撃を仕掛けることが基本戦術でした。

しかし、ボクシングでは話が全く違います。パンチの射程距離は最長でも1メートル程度。必然的に相手との距離は格段に近くなり、激しい打ち合いが頻繁に発生します。

転向直後のスパーリングで、観戦していた先輩ボクサーから言われた言葉は今でも忘れられません。

「君の距離感は完全にキックボクサーだね。相手から遠すぎて、ボクシングというより別の格闘技を見ているみたいだった」

確かに、キックボクシングで培った距離感のおかげで相手の攻撃は当たりにくく、突然の踏み込みから一気に距離を詰める攻撃は相手を戸惑わせる有効な武器となりました。しかし同時に、「消極的すぎる」「攻め手が少ない」という致命的な欠点も指摘されたのです。

ボクシングの醍醐味である激しい打ち合いに参加できない私は、まるでパーティーに招待されたのに会話に加われない部外者のような気分でした。距離感の調整に費やした時間は、実に8か月にも及びました。

戦略構築の根本的な見直し

最も苦労したのが、戦略の組み立て直しでした。キックボクシング時代の私は、多彩なキック技術を軸とした戦術を得意としていました。

前に出てくるアグレッシブな相手には、前蹴りで距離を作り、膝蹴りで迎撃する。カウンター狙いの慎重な相手には、様々な角度からのキックで相手の射程外から安全に攻撃を加える。これらの戦術は、長年の経験で培った私の十八番でした。

しかし、ボクシングではこれらの武器が全て使用禁止となります。まるで剣豪が突然「今日からは素手で戦え」と言われたような状況でした。

特に困ったのが、相手に追い詰められた時です。キックボクシングであれば前蹴りや膝蹴りで距離を作り、体勢を立て直すことができました。しかし、ボクシングではパンチのみで対処する必要があります。追い詰められると、思わず前蹴りを出そうとして膝が上がってしまい、トレーナーに「また蹴ろうとしてる!」と注意される日々が続きました。

まったくの未経験者であれば、白紙の状態から戦術を学べばよいでしょう。しかし、既存の戦術体系が頭に染み付いている転向者にとって、それまでの知識が時として最大の障害となるのです。

 

ボクシング転向がもたらす新たな可能性

技術の融合が生む独特のスタイル

苦労の連続だった転向期間でしたが、やがて興味深い変化が現れ始めました。キックボクシングで培った技術とボクシングの新しい技術が融合し、独特のファイティングスタイルが形成されてきたのです。

例えば、キックボクシングで鍛えた優れた距離感とタイミングは、ボクシングでも大きなアドバンテージとなりました。相手の攻撃パターンを読み取り、絶妙なタイミングでカウンターを決める能力は、純粋なボクサーにはない私だけの武器となったのです。

また、キックボクシングで身につけた柔軟な体の使い方は、ボクシングでも活かされました。腰の回転を使ったパンチの威力、全身を使った攻撃の連携は、見る人を魅了する美しいコンビネーションを生み出しました。

精神的な成長と新たな挑戦

転向を通じて得られたのは、技術的な向上だけではありませんでした。それまで築き上げてきた自信とプライドを一度捨て、初心者として謙虚に学び直すプロセスは、私に大きな精神的成長をもたらしました。

「できない」ことを受け入れ、「わからない」ことを恥ずかしがらずに質問する。年下の後輩からも積極的にアドバイスを求める。これらの経験は、格闘技以外の人生の場面でも大きな糧となっています。

また、一つの格闘技を極めることの素晴らしさと同時に、新たな分野に挑戦することの刺激的な喜びも体験できました。毎日の練習が新鮮で、小さな上達でも大きな達成感を味わうことができるのです。

格闘技への理解が深まる喜び

二つの格闘技を経験することで、格闘技というものに対する理解が格段に深まりました。キックボクシングだけを行っていた時には気づかなかった、それぞれの格闘技の特徴や魅力が明確に見えてくるようになったのです。

キックボクシングの戦略的な奥深さ、ボクシングの技術的な精密さ。それぞれが持つ独特の美しさを、より客観的に評価できるようになりました。まるで一つの言語しか話せなかった人が、新しい言語を覚えることで世界の見方が変わるような体験でした。

 

転向を考えるキックボクサーの皆さんへ

転向を考えているあなたへの具体的なアドバイス

もしあなたが現在格闘技に取り組んでおり、転向を検討しているなら、私からの実践的なアドバイスをお伝えします。

1. 謙虚な姿勢で臨む これまでの経験は確かに財産ですが、新しい格闘技では一度初心者に戻る覚悟が必要です。プライドを捨て、素直に指導を受け入れる姿勢が成功の鍵となります。

2. 十分な準備期間を設ける 私の経験では、基本的な動作に慣れるまでに最低でも6か月、実戦で使えるレベルになるまでには1年以上かかりました。焦らず、じっくりと時間をかけて取り組むことが重要です。

3. 専門的な指導を受ける 独学での転向は非効率的であり、変な癖がつく可能性があります。その格闘技に精通したトレーナーの指導を受けることを強く推奨します。

4. 古い習慣を意識的に修正する 無意識に出てしまう以前の格闘技の動作を、意識的に修正していく必要があります。鏡を見ながらの反復練習が効果的です。

格闘技初心者のあなたへのメッセージ

もしあなたが格闘技未経験で、これから始めようと考えているなら、この記事が示すように格闘技の世界は想像以上に奥が深いものです。

一つの格闘技を極めることも素晴らしい選択ですが、将来的に他の格闘技にも興味を持つかもしれません。その時は、転向の困難さと同時に、新たな発見の喜びが待っていることを覚えておいてください。

最初の一歩を踏み出すのに、遅すぎることはありません。年齢、体力、経験の有無に関わらず、格闘技は人生を豊かにしてくれる素晴らしい趣味となるでしょう。

今すぐ行動を起こすための具体的なステップ

Step 1: 情報収集 まずは近所の格闘技ジムを調べてみましょう。多くのジムで見学や体験レッスンを受け付けています。インターネットで検索すれば、あなたの地域のジム情報が簡単に見つかるはずです。

Step 2: 体験レッスンの予約 気になるジムが見つかったら、勇気を出して電話やメールで体験レッスンの予約を取りましょう。多くのジムは初心者歓迎で、丁寧に対応してくれます。

Step 3: 必要な用具の準備 最初は動きやすい服装とタオル、水分補給用の飲み物があれば十分です。本格的な装備は、続けることを決めてから購入すれば問題ありません。

Step 4: 継続のための目標設定 まずは3か月間続けることを目標にしましょう。この期間があれば、格闘技の基本的な楽しさを実感できるはずです。

転向経験者として伝えたい最後のメッセージ

私のような一介のアマチュア格闘家でさえ、転向は想像を絶する困難の連続でした。那須川天心選手のようなトップレベルのプロ格闘家が、新たな分野で成功を収めることがいかに困難であるかは想像に難くありません。

しかし、だからこそその挑戦には大きな価値があります。安全地帯を出て新たな挑戦に臨む勇気、困難に立ち向かう精神力、そして決して諦めない継続力。これらは格闘技を通じて得られる、人生において最も貴重な財産となるでしょう。

格闘技の転向は、単なるスポーツの変更ではありません。それは人生観を変える大きな体験であり、新たな自分を発見する冒険なのです。

あなたの人生を変える決断の時

この記事を読み終えたあなたには、二つの選択肢があります。

一つは、「面白い話だった」で終わらせること。もう一つは、実際に行動を起こすことです。

格闘技があなたに与えてくれるのは、単なる技術や体力の向上だけではありません。困難に立ち向かう勇気、継続する力、そして新たな挑戦を恐れない精神力。これらは、現代社会を生き抜く上で必要不可欠な能力です。

転向であれ、新たな挑戦であれ、最初の一歩を踏み出すのはあなた自身です。この記事があなたの背中を少しでも押すことができたなら、筆者として最高の喜びです。

明日ではなく、今日から始めませんか?あなたの人生を変える新たな挑戦が、今まさに始まろうとしています。

勇気を出して、その第一歩を踏み出してください。格闘技の世界があなたを待っています。