朝起きるのが辛い。学校に行くのが怖い。クラスに入る時、周りの視線が突き刺さる。休み時間になると胃が痛くなる。そんな毎日を送っているあなたは、きっとこの記事を読んでいるでしょう。
「もう限界だ。何とかしなければならない」
そう思って、テレビでプロの格闘家が活躍する姿を見て、格闘技ジムの広告を目にして、「強くなれば、いじめられなくなるのでは?」と考えたことはありませんか?
実際、格闘技ジムの入会を促す宣伝文句には、このようなものがあります。
「いじめられっ子集まれ!」
「いじめを克服しよう!」
「強くなって見返してやれ!」
分かりやすく言うと、格闘技を習って心身を鍛えて、いじめを受けないようにしようということですね。確かに、元々はいじめを受けていて、「強くなって見返してやりたい!」などの想いから格闘技を始めた結果、プロになったりチャンピオンクラスにまで上り詰めた格闘家もいます。
でも、本当に格闘技を習えばいじめは無くなるのでしょうか?
この疑問に対して、格闘技歴10年以上、アマチュア選手としてキックボクシングなどの試合への出場経験があり、ボクシングのプロライセンス取得を目指して現役で練習中の筆者が、小学校時代にいじめられていた経験も踏まえて、リアルな視点でお答えします。
格闘技といじめの複雑な関係性
なぜ多くの人が格闘技に希望を見出すのか
いじめられている時、人は本能的に「強さ」を求めます。これは自然な反応です。なぜなら、いじめの多くは力関係の不均衡から生まれるからです。
格闘技は、その名の通り「格闘」すること、つまり相手と戦うことを学ぶスポーツです。パンチやキックの技術を身につけ、筋力を向上させ、反射神経を鍛える。表面的に見れば、確かにいじめ対策として有効に思えるでしょう。
実際、格闘技を始めたことでいじめが収まったという事例は存在します。しかし、その理由は多くの人が想像するものとは少し違うかもしれません。
格闘技がもたらす真の変化とは
筆者の経験を交えながら説明しましょう。小学校時代、筆者は典型的ないじめられっ子でした。体が小さく、運動が苦手で、自分に自信がありませんでした。毎日学校に行くのが苦痛で、休み時間は一人で過ごすことが多かったのです。
中学生になって格闘技を始めたとき、最初は「強くなって見返してやりたい」という気持ちが強かったです。しかし、実際に練習を続けていくうちに、思わぬ発見がありました。
格闘技を習うことで変わったのは、単純に「強くなった」ということではありませんでした。もっと深い部分での変化が起こったのです。
まず、痛みに対する耐性が身につきました。これは物理的な痛みだけでなく、精神的な痛みに対してもです。練習では毎日のように打たれ、投げられ、絞められます。最初は辛くて仕方がありませんでしたが、だんだんとそれに慣れていきました。
次に、自分の限界を知ることができました。どこまで頑張れるのか、どこで諦めるのか。これを知ることで、逆に自分の可能性も見えてきました。
そして最も重要だったのは、「居場所」ができたことです。格闘技ジムでは、年齢や職業、学歴に関係なく、ただ「強くなりたい」という共通の目標を持つ人たちが集まります。そこでは、学校での立場や評価は関係ありません。
いじめの本質を理解する
ここで重要なのは、いじめの本質を理解することです。いじめは単純な「強い者が弱い者をいじめる」という図式ではありません。
心理学的に見ると、いじめには以下のような要素が関わっています。
1. 権力関係の不均衡 いじめる側が何らかの形で優位に立っている状況。これは身体的な強さだけでなく、社会的地位、経済力、コミュニケーション能力なども含まれます。
2. 集団心理の働き 一人では何もできない人も、集団になると残酷になることがあります。これは「責任の分散」という心理現象によるものです。
3. 自己防衛本能 いじめる側も、実は自分自身に不安や劣等感を抱えている場合が多く、それを隠すために他者を攻撃することがあります。
4. 環境要因 学校や職場の文化、指導者の態度、周囲の大人の対応などが、いじめを助長したり抑制したりします。
これらの要素を考えると、単純に「格闘技を習って強くなれば解決する」という発想がいかに浅はかかを理解できるでしょう。
格闘技を習う前に考えるべきこと
格闘技を習う前に、まず考えるべきことがあります。それは「なぜいじめが始まったのか」ということです。
これは被害者を責めるという意味ではありません。いじめをする側が100%悪いのは言い訳のしようがない事実です。しかし、いじめられる側になったのにも何らかの理由がある可能性があります。
例えば筆者の場合、いじめられるきっかけを作ったのは筆者の方でした。詳しくは述べませんが、相手の気持ちを考えずに行動したことが原因でした。いじめてくる周囲にも落ち度があったことは間違いありませんし、「仕方ない」で終わらせることはできません。でも、何の理由も原因もきっかけもなく、ある日からいきなりいじめが始まるのはかなり稀なケースだと思います。
そしてここをしっかり考えておかないと、格闘技を習ってもいじめは無くならなかったり、逆に当人がいじめっ子に回る可能性もあります。
酷いことを言っているようですが、まずはいじめられっ子となった経緯は何なのか考えてみましょう。場合によっては、格闘技を習わなくたって解決できるかもしれません。
格闘技がもたらす本当の価値
自信の獲得プロセス
格闘技を習うことで得られる最大の価値は、段階的な自信の獲得です。これは一朝一夕で身につくものではありませんが、確実に積み重ねていくことができます。
第1段階:基礎技術の習得 最初は基本的なパンチやキックの打ち方から始まります。正しいフォームを身につけ、正確に技を出せるようになることで、「自分にもできる」という小さな成功体験を積み重ねます。
第2段階:体力・筋力の向上 継続的な練習により、明らかに体力や筋力が向上します。これは客観的に測定可能で、自分自身でも実感できる変化です。体重が増えたり、持久力が向上したりすることで、身体に対する自信が生まれます。
第3段階:実戦経験の蓄積 スパーリングや試合などの実戦経験を通じて、プレッシャーの中で技術を発揮する能力が身につきます。これは学校や職場でのストレスフルな状況にも応用できる貴重な経験です。
第4段階:精神的な強さの獲得 痛みや疲労、敗北などの困難を乗り越えることで、精神的な強さが育まれます。これは格闘技以外の人生の困難にも立ち向かう力となります。
コミュニケーション能力の向上
格闘技ジムは、実は優れたコミュニケーション教育の場でもあります。
多様な人との出会い 格闘技ジムには、年齢、職業、学歴、性格が全く異なる人たちが集まります。普通の学校生活では出会えないような人たちと接することで、コミュニケーション能力が自然と向上します。
上下関係の学習 先輩・後輩、指導者・生徒という明確な上下関係の中で、礼儀やマナーを学びます。これは社会に出てからも役立つ重要なスキルです。
チームワークの重要性 格闘技は個人競技に見えますが、実際は練習パートナーや指導者、ジムの仲間たちとの協力なしには上達できません。この過程でチームワークの重要性を学びます。
ストレス発散効果
いじめを受けている人は、常に高いストレス状態にあります。格闘技は、このストレスを健全に発散する優れた方法です。
身体的なストレス発散 激しい運動により、ストレスホルモンであるコルチゾールが減少し、逆に幸福感をもたらすエンドルフィンが分泌されます。これにより、自然とストレスが軽減されます。
精神的なカタルシス サンドバッグを叩いたり、安全な環境で相手と戦ったりすることで、抑圧された感情を健全に発散できます。これは心理学的に「カタルシス効果」と呼ばれます。
集中力の向上 格闘技の練習中は、技術や戦術に集中する必要があります。この集中状態は、一種の瞑想状態に近く、日常の悩みを忘れることができます。
新しいアイデンティティの獲得
いじめられっ子は、しばしば「いじめられている自分」というネガティブなアイデンティティに囚われています。格闘技を習うことで、新しいアイデンティティを獲得できる可能性があります。
「格闘家」としてのアイデンティティ 「○○流の格闘家」「△△ジムの一員」といった新しいアイデンティティを獲得することで、学校や職場での立場とは異なる自分を発見できます。
成長する自分の実感 技術の向上、体力の向上、精神力の向上など、明確に成長を実感できることで、「成長し続ける自分」というポジティブなアイデンティティが生まれます。
尊敬される存在になる可能性 格闘技の技術が向上すれば、周囲から尊敬される存在になる可能性があります。これは学校や職場での立場とは関係なく、純粋に自分の努力と才能によるものです。
現実的な期待値の設定
ただし、格闘技を習うことで得られる効果について、現実的な期待値を設定することも重要です。
すぐには変われない 格闘技を習ったからといって、すぐにいじめが無くなるわけではありません。変化には時間が必要です。通常、明確な変化を実感するには最低でも3か月、しっかりとした変化を感じるには1年程度は必要でしょう。
万能薬ではない 格闘技は万能薬ではありません。いじめの原因や状況によっては、格闘技だけでは解決できない場合もあります。他の方法と組み合わせることが重要です。
継続が必要 格闘技の効果は、継続的な練習によってのみ得られます。嫌々やっていたり、サボりがちだったりすると、期待する効果は得られません。
今すぐできる具体的な行動
ステップ1:自分の状況を客観的に分析する
格闘技を始める前に、まず自分の状況を客観的に分析しましょう。以下の質問に答えてみてください。
いじめの原因について
- いじめが始まったきっかけは何ですか?
- 自分に改善できる部分はありますか?
- 相手の行動パターンはどうですか?
- 周囲の人たちの反応はどうですか?
自分の現状について
- 身体的な特徴(身長、体重、体力など)
- 性格的な特徴(内向的、外向的、積極的、消極的など)
- 得意なこと、苦手なこと
- 興味のあること、ないこと
環境について
- 学校や職場の環境
- 家族の状況
- 友人関係
- 経済的な状況
これらを整理することで、格闘技が本当に自分にとって最適な選択肢なのかを判断できます。
ステップ2:格闘技の種類を選ぶ
格闘技にはさまざまな種類があります。それぞれに特徴があるので、自分に合ったものを選びましょう。
ボクシング
- 手だけを使う格闘技
- 技術が比較的シンプルで覚えやすい
- フットワークが重視される
- 競技人口が多く、ジムも多い
キックボクシング
- 手と足を使う格闘技
- ボクシングより技術の幅が広い
- 全身を使うため体力向上効果が高い
- 日本では人気が高い
空手
- 日本の伝統的な格闘技
- 礼儀作法が重視される
- 型と組手の両方がある
- 精神性も重視される
柔道
- 投げ技と寝技がメイン
- 身体の小さい人でも技術で勝てる
- 礼儀作法が重要
- 学校教育でも採用されている
総合格闘技(MMA)
- 打撃、投げ、寝技すべてを含む
- 最も実戦的
- 技術の幅が広い
- 練習がハード
ブラジリアン柔術
- 寝技専門の格闘技
- 体力に自信がなくても始められる
- 技術重視
- 比較的安全
ステップ3:体験入学をする
いきなり入会するのではなく、まずは体験入学をしてみましょう。多くのジムでは無料または格安で体験できます。
体験入学で確認すべきポイント
- 指導者の人柄と指導方法
- 生徒たちの雰囲気
- 練習内容と強度
- 施設の清潔さと設備
- 料金体系
- 通いやすさ
体験入学での注意点
- 無理をしすぎない
- 分からないことは遠慮なく質問する
- 自分の体力レベルを正直に伝える
- 怪我の心配がある場合は事前に相談する
ステップ4:目標を設定する
格闘技を始めるにあたって、明確な目標を設定しましょう。目標があることで、練習に対するモチベーションが維持されます。
短期目標(1-3か月)
- 基本的な技術を覚える
- 練習に慣れる
- 基礎体力をつける
- ジムの仲間と仲良くなる
中期目標(3か月-1年)
- 技術を向上させる
- 体力を大幅に向上させる
- スパーリングができるようになる
- 昇級・昇段を目指す
長期目標(1年以上)
- 試合に出場する
- 指導者レベルの技術を身につける
- 他の人に教えられるようになる
- 生涯続けられる趣味にする
ステップ5:継続するための環境を整える
格闘技を続けるためには、環境を整えることが重要です。
時間の確保
- 練習時間を確保する
- 通学・通勤時間を考慮してジムを選ぶ
- 家族や友人の理解を得る
経済的な準備
- 月会費を確認する
- 必要な道具を揃える
- 交通費を計算する
身体的な準備
- 健康状態をチェックする
- 必要に応じて医師に相談する
- 基礎体力をつける
精神的な準備
- 長期的な視点を持つ
- 完璧主義にならない
- 楽しむことを忘れない
ステップ6:注意すべき点
格闘技を始めるにあたって、注意すべき点もあります。
怪我のリスク 格闘技には怪我のリスクがつきものです。適切な指導者の下で、安全に配慮した練習をすることが重要です。
暴力的になる危険性 格闘技を習ったからといって、それを日常生活で使ってはいけません。特に、いじめへの仕返しに使うことは絶対に避けなければなりません。
完璧主義の罠 上達には時間がかかります。完璧主義になりすぎると、かえってストレスになる可能性があります。
経済的な負担 格闘技には継続的な費用がかかります。月会費だけでなく、道具代、試合費用なども考慮する必要があります。
ステップ7:始めてみる
すべての準備が整ったら、いよいよ始めてみましょう。最初は不安かもしれませんが、多くの人が同じような気持ちで始めています。
最初の1週間
- 基本的な動作を覚える
- ジムの雰囲気に慣れる
- 筋肉痛を覚悟する
- 睡眠と栄養をしっかり取る
最初の1か月
- 基本技術を身につける
- 体力の向上を実感する
- 練習パートナーを見つける
- 継続するリズムを作る
最初の3か月
- 技術的な向上を感じる
- 自信の向上を実感する
- 新しい友人関係を築く
- 日常生活への影響を感じる
格闘技以外の選択肢も考える
格闘技がすべての人に適しているわけではありません。以下のような選択肢も検討してみてください。
カウンセリング 専門家に相談することで、根本的な解決策を見つけられる可能性があります。
転校・転職 環境を変えることで、問題が解決する場合があります。
法的措置 深刻ないじめの場合、法的措置を検討することも必要です。
家族や友人のサポート 周囲の人たちのサポートを得ることで、状況を改善できる可能性があります。
他の習い事 格闘技以外の習い事でも、自信やスキルを身につけることができます。
最後に:格闘技を学ぶ本当の意味
格闘技を学ぶ本当の意味は、相手を倒すことではありません。それは、自分自身と向き合い、成長し続けることです。
格闘技を通じて学べることは…
自分の限界を知り、それを超える方法 練習を通じて、自分の限界を知り、それを超える方法を学びます。これは人生のあらゆる場面で応用できる重要なスキルです。
相手を尊重する心 格闘技では、相手がいなければ練習できません。相手を尊重し、感謝する心を学びます。
困難に立ち向かう勇気 痛みや疲労、敗北などの困難に立ち向かう勇気を学びます。これは人生のあらゆる困難に対しても有効です。
継続する力 格闘技の上達には長い時間がかかります。継続する力を身につけることで、他の分野でも成功できる可能性が高まります。
いじめられっ子が格闘技を習うことで、すぐにいじめが無くなるわけではありません。しかし、格闘技を通じて得られる自信、体力、精神力、人間関係は、人生を豊かにする大きな財産となるでしょう。
重要なのは、格闘技を「いじめへの仕返し」として使うのではなく、「自分自身の成長」として捉えることです。そうすることで、本当の意味での強さを身につけることができるのです。
今日から、新しい一歩を踏み出してみませんか?あなたの人生を変える可能性が、そこにあるかもしれません。
あなたの勇気ある一歩が、きっと人生を変えるきっかけになるはずです。